『「坊っちゃん」の時代』とシングル生活 高橋 源一郎l
関川夏央原作・谷口ジロー作画による『「坊っちゃん」の時代』(双葉社)全五部が遂に完結した(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1997年ごろ)。
- ところで、『「坊っちゃん」の時代』の素晴らしさについて、わたしはいくらでも書くことができる。けれど、今回は最近はじめて気づいたことを少し記してみたい。
- 関川夏央の近著『中年シングル生活』(講談社)を読みながら感じたことである。関川夏央は中年シングル生活者だ。ひとりで生きるのはさびしい。しかし誰かと長くいっしょにいるのは苦しい。そういうがまんとためらいに身をまかせてあいまいに時を費し、ただただ決断を先送りにしつづけてこうなった。つまり、ひとり暮らしは信念などではない。ひとり暮らしとは生活の癖にすぎない。
- 『「坊っちゃん」の時代』全五部の中で、作者にもっとも愛されているのは石川啄木である。では、啄木のなにが作者を引きつけたのか。おそらく、それは「家庭を持つことへの恐怖」(すでに啄木は持っていたが)であろう。それはいい換えれば、自由を束縛されることへの恐怖である。しかし、無制限な自由は人を放恣にするだけなのかもしれない。そう思った瞬間、シングル生活に憧れた啄木個人の問題が、明治末期に、作家たちを、いやすべての明治人を襲った「個と自由」の問題に転化するのである。
【この書評が収録されている書籍】『退屈な読書』(朝日新聞社) 著者:高橋 源一郎
『坊っちゃん』の時代―凛冽たり近代なお生彩あり明治人
著者:谷口ジロー,関川夏央
出版社:双葉社
(2019-06-18 ニコニコニュース)
全体を振り返りつつ読み返してみてもやはり傑作としかいいようがない | ニコニコニュース