〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

啄木の屈曲に満ちた人生を温かな同情を隠しつつ辿る キーンの世界

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[サクラ]

(ひもとく)ドナルド・キーンの世界 日本語と英語の美しい架け橋 松浦寿輝

  • さる二月二十四日に逝去したドナルド・キーン氏 は、九十六年にわたるその長い生涯において、研究・翻訳・教育のそれぞれの領域において大きな仕事を為(な)し遂げた。
  • 『日本の文学』(中公文庫=品切れ、『ドナルド・キーン著作集第一巻』所収)の原著が一九五三年にロンドンで刊行されたとき、彼はまだ三十一歳。小冊子と言ってもいいわずかなページ数のうちに、詩・劇・小説に跨(またが)って長い歴史を持つ日本文学のエッセンスを凝縮して提示しようという、驚くべき野心によって書かれた本だ。若さの輝きによってのみ可能となった無謀な企てと言ってもよい。
  • キーン氏は古今の無名の人々の日記まで手に入るかぎり読み尽くし、平安時代から現代まで、日本人の「私」が日々の思いや行動をどのように書き留めてきたか、その長大な歴史を逐一辿(たど)り直そうと試みた。
  • 『百代の過客〈続〉』で石川啄木の日記に充実した一章が割かれているが、キーン氏の遺著となった『石川啄木』は、この夭折(ようせつ)した歌人の評伝である。彼は広範な資料を駆使し、転居に次ぐ転居、転職に次ぐ転職を重ねたこの型破りな人物の屈曲に満ちた人生行路を、明晰(めいせき)で客観的な叙述の背後に温かな同情を隠しつつ、逐一辿り上げてみせた。
  • 『日本の文学』から『石川啄木』まで、日本語と英語との間の美しい架け橋として存在しているこの傑出した「アマチュア」の大業の総体を前に、わたしは改めて感嘆の思いを抑えることができない。

 (まつうら・ひさき 作家・詩人)

(2019-03-30 朝日新聞

 

(ひもとく)ドナルド・キーンの世界 日本語と英語の美しい架け橋 松浦寿輝:朝日新聞デジタル