[どんぐりころころ]
否定の表現が生み出す効果
- 否定の表現は冷たい拒絶を感じさせる時もあれば、感情をより豊かに表現することもあります。「塔」選者の栗木京子さんが、石川啄木の 一首を引いて解説します。
- 否定の表現というの は不思議です。「できない」「そうじゃないでしょ」などと言われると冷たい拒絶を感じてしまうのですが、同じ否定でも「忘れない」「涙をとめられなかっ た」などと言われると「覚えている」「涙がずっと流れていた」と言われるよりも重みが伝わってきます。
たはむれに母を背負ひて/そのあまり軽きに泣きて/三歩あゆまず
- 石川啄木(いしかわ・たくぼく)『一握の砂』。明治四十一年六月、二十二歳のときの歌です。
- 冗談半分に母を背負ってみたら、あまりに軽いので驚いたのです。母に苦労をかけているのだなあ、という悔いが心を締め付けたことでしょう。結句「三歩あゆまず」に、涙があふれて歩けなかった様子が臨場感をもって描かれています。「あゆまず」の否定のあとに、しみじみ と広がってくる悲しみが感じられます。