窓辺の時間
詩の時間 「母が心を寄せた啄木」 石田 千(作家)
- 長椅子のわきに、りんごの木箱がある。きょうの新聞と、雑誌の切りぬき帳、編みものの教科書、読みかけの本が入っている。引越しが多く、本棚を持たない。りんごの箱からあふれたら、友人か、古書店の知人に渡す。
- 会社勤めのころは、詩集や句集、歌集を一冊、かばんに入れていた。詩は、つる草のように縁をのばす。
- あたらしい詩に出会うとかならず、うす暗い駅のホームを思い出す。母とベンチにすわり、地下鉄を待っていた。母はくろい革のハンドバッグをぱちんと開き、ガムと文庫本をとりだす。ガムはいつも、ミント味だった。文庫本はいつも、石川啄木の「一握の砂」だった。
たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず
- …すごいね。ほんとうに見ているみたいね。小声で一首読むたびに、そういった。
- ひとり娘の母は、歯を食いしばる啄木の暮らしぶり、こころが、よくわかったのかもしれない。
(2018-09-04 岩手日報)