啄木の息

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

 東京都 千代田区 番町「文人通り」+ 啄木が通った大橋図書館跡 <3>

啄木文学散歩・もくじ


「番町文人通り」


与謝野鉄幹・晶子旧居跡
歌集「みだれ髪」でデビューした情熱の歌人与謝野晶子(1878-1942)と夫で雑誌「明星」を主宰した与謝野鉄幹(1873-1935)が明治44年から4年間ここで暮らした。






与謝野晶子の作品
『君死にたまふことなかれ』『みだれ髪』
現代語訳『平家物語』現代語訳『源氏物語







行人坂

この坂を行人坂といいます。「東京名所図会」には「行人坂、上六番町と中六番町との間を南の方へ上る坂を称す」とかかれています。「御府内備考」に行人坂、古某法印と称する行人この辺に居するゆえにこの名あり。また法印坂とも呼び或は転化して法眼坂という」。もともと法眼坂を起伏により東郷坂、行人坂、南法眼坂と三つの名に分けてよんだものであり、法眼坂の名称だけの地図も多いようです。




『明星』発祥の地
東京家政学院の門前。






1900年(明治33年)
『明星』発祥の地
東京新詩社(与謝野鉄幹主宰)の機関誌「明星」はこの地で刊行された。主要同人として高村光太郎北原白秋石川啄木、鳳(与謝野)晶子らが寄稿し当時の歌壇、詩壇に大きな影響を与えた。







与謝野鉄幹

本名寛。雑誌『明星』を主宰。東京新詩社を創立、この場所から文壇に新風を巻き起こした雑誌『明星』の第一号が三三年に発刊された。現在の東京家政学院の本館のあたりは『明星』創刊の地に当たる。『明星』は、当時の詩歌壇を主導し高村光太郎石川啄木吉井勇、木下杢太郎、北原白秋ら多くの詩人・作家を世に送りだした。(千代田区観光協会ページ)



(つづく)