〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い息づかいに触れてみたい

 「黄なる花咲きし 今も名知らず」啄木のこの歌はなぜ人の心を打つのか


[アキノキリンソウ]


真生(SHINSEI)2017年 no.305

 石川啄木と花」 近藤典彦
  第九回 黄なる草花(今も名知らず)


  学校の図書庫(としょぐら)の裏の秋の草
  黄なる花咲きし
  今も名知らず

  • 作歌は1910年(明治43)10月。『一握の砂』所収。
  • 名歌秀歌ひしめく『一握の砂』の中にあって、一見地味なこの歌も名歌の一つです。なぜ人の心を打つのか。その不思議を解いてみたいと思います。
  • 「学校」は名高い旧制盛岡中学校(現盛岡一高)。「図書庫」は白い土蔵造りの書庫。広いキャンパスの裏手にあった。「黄なる花」。百年前の地元の人がこの草花は「狐うるい」だと教えてくれたそうだが、そのキツネウルイが百年後の今も分からない。(ここではアキノキリンソウを仮にイメージしておきたい。)
  • この歌の命は「今も名知らず」です。花にまつわる記憶はその花の名とともにあるものでしょう。
  • 中学三年生のときと思われます。キャンパスのはずれにある図書庫の方に足を向けたかれは書庫の裏手で黄の草花に出会いました。花の好きな少年は花を摘み、色に惹かれ形に見いりやがて花の姿の全体を愛で、さらに健気に生きる花の命そのものに思いが至ったようです。花の名は知らなくとも、かれの記憶の中に黄の草花は咲き続けました。
  • このように深い花への愛が「今も名知らず」の一行に凝縮されています。百年ののちにも深く静かに人の心を打つ秘密はここにあると思います。


<真生流機関誌「真生(SHINSEI)」2017年 no.305 季刊>(華道の流派)
 ◎「真生」304号は特集号につき、「石川啄木と花」は休載でした。