真生(SHINSEI)2015年 no.297
馬鈴薯のうす紫の花に降る
雨を思へり
都の雨に
- 作歌は1910年(明治43)10月。『一握の砂』所収。
- 「馬鈴薯」はジャガイモ。径二、三センチのうす紫か白の花です。啄木はこの地味な、しかしよく見ると可憐な花を愛でます。
- 掲出歌はみごとな仕掛けに満ちています。一行目の五七五はすべて二行目の「雨」にかかっていて、われわれはその風情豊かな雨を眼前に浮かべます。しかしその雨の景を、詩人は今「回想している」(思へり)と結ぶので、それは現在の景ではなかった。過去の景だった。
- 三行目「都の雨に」。「都」は啄木が今住んでいる東京。「雨」は百年前の東京だからアスファルトではなく土の地面に降っている。この「都の雨」を眺めていると、突然その雨がスクリーンになって、「馬鈴薯のうす紫の花に降る雨」が写し出される。写っているのはかつて故郷渋民村で見た雨の景。
- こうしてこの歌は、読者の意識を現在ー過去ー現在と動かし、空間的には「都」ー渋民ー「都」と移動させます。この複雑な仕掛けのかなめは倒置法の妙。
- 自身は技巧を全く意識せずに作っています。湧き出るままに思いをうたっていたらこの歌もできていた、啄木はそんな歌人でした。
<真生流機関誌「真生(SHINSEI)」2015年 no.297 季刊>(華道の流派)