〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

藤沢周平 - 2 <啄木は、大人過ぎるほどの大人だった>


[ツリバナマユミ]


《作品に登場する啄木》
  『ふるさとへ廻る六部は』
    藤沢周平  新潮文庫 平成20年
 

◉岩手夢幻紀行(つづき)


 ×月×日

  • 車はやがて花巻 I・C を降り、東北新幹線寄りの小高い丘、胡四王山に建つ宮澤賢治記念館に着いた。
  • それはすばらしい記念館だった。まず館の前庭にあるのは「よだかの星」の彫刻である。黒色の金属のように輝くその板石は、アフリカ産の黒御影石だという。よだかはその表面に銀白色の洋銀で鋳つけられている。館の入り口の前には、ツワイライトで青味を増すという白色の梟の彫像がある。すでに賢治の世界だった。
  • 賢治記念館では、人びとはひとりうなずいたり、ささやき合ったり、目を見かわしたりはするが、大きな声は出さなかった。
  • 私はむしろ啄木記念館の俗っぽさを懐かしんでいた。
  • 啄木は愛され、賢治は尊敬されているということだろうか。しかしこの考えには、わずかに違和感があった。
  • 比較すれば十六歳で堀合節子と恋愛し、あのどろどろしたローマ字日記を書き、評論「時代閉塞の現状」を書いた啄木は、二十七歳で死んだにもかかわらず、大人過ぎるほどの大人だったといえよう。賢治記念館での感想とは逆に、「啄木は尊敬され、賢治は愛される」でもいっこうかまわないでのはなかろうかと思いつくころに、私たちは空港わきの道を通って花巻農業高校に着いた。

(「オール讀物」昭和63年2月号)


(つづく)
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