〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

『内館牧子の艶談・縁談・怨談』啄木も故郷に憎悪の感情を持ちながら・・・


[アカツメクサ]


《作品に登場する啄木》
  内館牧子の艶談・縁談・怨談』
    内館牧子 潮出版社、2008年


第14話「鉛」-故郷の空は嫌い-
力尽きた時、彼女が帰ったのは故郷だった。毛嫌いした裏日本の町だった。
以来、私とはもとより。もっと親しかった友人たちとも連絡を絶ち、消息はわからない。風のたよりで故郷の実家で新しい仕事を始めたこと、両親が鬼籍に入ったことを聞いたが私は確かめていない。鉛色の何かが溶ければ、おそらく彼女のほうから音沙汰があると思うのだ。私から一方的に年賀状を出しているが、返信はない。だが、戻ってもこない。「大っ嫌い」な故郷で、きっと鉛色の何かに立ち向かっているのだろう。

それにしても、「故郷」というものは不思議だ。石川啄木も「石もて追われる如く」と故郷に憎悪の感情を持ちながら、「故郷の山はありがたきかな」と愛惜を歌う。故郷がなつかしくて駅まで言葉の訛を聞きに行くと歌う。
「親が死んだら関係ない」と言い切った彼女が、親が死んだあとも故郷で一人生きている。力尽きた時、まず癒してくれるのは、故郷なのだと陳腐な答えに行き着くしかない。