《作品に登場する啄木》
『初飛行 ― 明治の逞しき個性と民衆の熱き求知心』
村岡 正明 光人社NF文庫 2010
明治四十四年六月九日は、不時着した好敏と伊藤や仰天した農民にとってばかりでなく、明治天皇や、井上、田中館、奈良原などにとっても、それぞれ異なる意味において、忘れられない一日となった。
石川啄木が、日本の文学作品中最も鮮烈な飛行機の作品を書いたのも、この頃であった。
「
飛行機
1911. 6. 27. TOKYO.
見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親とたつた二人の家にゐて、
ひとりせつせとリイダアの獨學をする眼の疲れ・・・
見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。
」
蒼空高く飛ぶ飛行機に再生への切なる夢を託した詩人は、翌年四月肺結核で夭折し、これがその最後の詩作となった。