[ミツマタ]
<その1>
第二部
《竹馬 一》
この手紙といっしょに送る歌集は、豊さんがくれたもので、作者の石川啄木という人も、幸徳秋水に心を傾けていた一人やそうです。こういう歌なら、お前はんにも気に入るやろと思います。
(注:大阪で米屋の丁稚をしている兄誠太郎が弟孝二に送った手紙)
《竹馬 二》
「一握の砂、てなんやネ。」
「これや。」
待ってましたというように、孝二はふところから一冊の本を取り出した。
「歌集やな。誠やんが送ってくれたんけ。」
歩きながら貞夫は頁をめくる。
「そうや。昔の和歌とまるでちごうてるネ。」
なるほど、和歌は二行に書き分けるものだとの貞夫の常識に反してこれは三行書きである。
東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる
貞夫は声をあげて更に読んだ。
頬につたふ
なみだのごはず
一握の砂を示しし人を忘れず
大海にむかひて一人
七八日
泣きなむとすと家を出でにき
「こら、ええワ。乃木さんの辞世の歌より面白いで。」
(中略)
「孝やん、わしらも一つ、この歌をまねして作ってみよや。」
(中略)
たはむれに母を背負ひて
そのあまり重きに呆れ
三歩あゆまず
おかしかった。全く、はらわたをえぐられるほど孝二はおかしかった。貞夫の母親は、十七貫はかかる体躯のの持主だった。
(つづく)