〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

『青春の門』<その1> 自分よりも年若き人に半日も…… 啄木


[ガマズミ]


《作品に登場する啄木》
  青春の門』第三部 放浪篇
   五木寛之 講談社 改訂新版


<その1>

〈啄木と馬鈴薯〉(P.234)

  • 西沢はちょっと沈黙したあと、無精ひげを指でなでながら、また話しはじめた。

「死ぬなら函館で死のうと思う──なんて、啄木は友人に書いて送ってるんだ。有名な、《函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花》とかいった、ああいうイメージもあって、おれはそれこそ胸いっぱいに夢をつめこんで津軽海峡を渡ったもんだ。いまの新聞社にもぐりこんだころもそうだった。《おれが若しこの新聞の主筆ならば やらむ──と思ひし いろいろの事!》という感じでね。だがそれから五年、いまのおれの本当の心境を啄木の歌にかりて言えば、《愛犬の耳斬りてみぬ あはれこれも 物に倦みたる心にかあらむ》そんな感じだな。どうなっちまったのかねえ、いったい──」
「ちょっと悪酔いしたみたいだな、西沢さん」
緒方が言った。西沢はじっと緒方をみつめた。
「酔っちゃいない」
「そんならいいけど」
「啄木にはこんな歌もある。《自分よりも年若き人に半日も 気焔を吐きてつかれし心!》あんたにわかるかね、この心境が」
「ぼくは啄木はあんまり好きじゃないんだ」
と、緒方が答えた。


(つづく)