啄木の息

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

 新年のご挨拶!


あけましておめでとうございます。

「啄木の息」へ訪れてくださいましてありがとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。


明治43年、23歳の啄木
前年に東京朝日新聞社に入社。苦悩のローマ字日記を書く。一人住まいから、妻、母、娘を迎えて床屋の二階に暮らす。妻の家出を経てから迎えた明治43年元日。

 明治四十三年一月一日本郷より
  金田一京助、同静江宛

[自筆の戯画ありて]
         啄木
         せつ子
芽出度々々の若松を、二もと立てゝ寿げる、年の初めののどけさや、天には瑞雲たなびき鶴がまひ、地には亀が蜜柑をくひたがる、其処へさしかゝるは高砂のぢゝとばゝ、アレ餅があるエビがはねる、どこへ向いても芽出度づくしのこの春を、遙かに祝ひ奉る、アーラこの身の果報かな果報かな
  四十三年一月一日
 金田一京助
  同 静江様


明治四十三年一月九日本郷より 大島経男宛。

(略)とも角私は勇躍して明治四十三年を迎へました。
(略)私は私の全時間をあげて(殆んど)この一家の生活を先づ何より先きにモット安易にするだけの金をとる為に働らいてゐます、その為には、社で出す二葉亭全集の校正もやつてゐます。田舎の新聞へ下らぬ通信も書きます。それでも私にはまだ不識不知空想にふけるだけの頭にスキがあります、目がさめて一秒の躊躇なく床を出で、そして枕についてすぐ眠れるまで一瞬の間断なく働くことが出来たらどんなに愉快でせう、そして、そう全身心を以て働らいてゐるときに、願くはコロリと死にたい、──かう思ふのは、兎角自分の弱い心が昔の空想にかくれたくなる其疲労を憎み且つ恐れるからです。(略)

──かうして私は、すべて古い自分といふものを新らしくして行きたく思ひます。
  一月九日夜八時            啄木拝
 大島先生 御侍史


明治43年は、啄木にとり文学上の転機になった年です。
「新たに始める」「挑戦する」、啄木の薄れない力はここにあるようです。


本年も啄木を追いかける道を進みます。
どうぞよろしくお願いいたします。