〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

『一握の砂』東雲堂版

石川啄木 著(P.40〜41)目の前の菓子皿などを

[見上げれば…] 我を愛する歌 (P.40) 目の前の菓子皿などを かりかりと噛みてみたくなりぬ もどかしきかな よく笑ふ若き男の 死にたらば すこしはこの世のさびしくもなれ <ルビ>菓子皿=くわしざら。 (P.41) 何がなしに 息きれるまで駆け出してみたくな…

石川啄木 著(P.38〜39)死ね死ねと己を怒り

[ホオズキ] 我を愛する歌 (P.38) 死ね死ねと己を怒り もだしたる 心の底の暗きむなしさ けものめく顔あり口をあけたてす とのみ見てゐぬ 人の語るを <ルビ>己を怒り=おのれをいかり。 (P.39) 親と子と はなればなれの心もて静かに対ふ 気まづきや何ぞ …

石川啄木 著(P.36〜37)空寝入生呿呻など

[ヒノキ] 我を愛する歌 (P.36) 空寝入生呿呻など なぜするや 思ふこと人にさとらせぬため 箸止めてふつと思ひぬ やうやくに 世のならはしに慣れにけるかな <ルビ>空寝入=そらねいり。生呿呻=なまあくび。 (P.37) 朝はやく 婚期を過ぎし妹の 恋文めける…

石川啄木 著(P.34〜35)剽軽の性なりし友の死顔の

[リンドウ] 我を愛する歌 (P.34) 剽軽の性なりし友の死顔の 青き疲れが いまも目にあり 気の変る人に仕へて つくづくと わが世がいやになりにけるかな <ルビ>剽軽の性=へうきんのさが。死顔=しにがほ。 (P.35) 龍のごとくむなしき空に躍り出でて 消え…

石川啄木 著(P.32〜33)死ぬことを

[緑オクラ・赤オクラ] 我を愛する歌 (P.32) 死ぬことを 持薬をのむがごとくにも我はおもへり 心いためば 路傍に犬ながながと呿呻しぬ われも真似しぬ うらやましさに <ルビ>路傍=みちばた。呿呻=あくび。真似=まね。 (P.33) 真剣になりて竹もて犬を撃…

石川啄木 著(P.30〜31)大いなる彼の身体が

[コスモス] 我を愛する歌 (P.30) 大いなる彼の身体が 憎かりき その前にゆきて物を言ふ時 実務には役に立たざるうた人と 我を見る人に 金借りにけり <ルビ>身体=からだ。うた人=うたびと。 (P.31) 遠くより笛の音きこゆ うなだれてある故やらむ なみだ…

石川啄木 著(P.28〜29)この日頃

[オオバコ] 我を愛する歌 (P.28) この日頃 ひそかに胸にやどりたる悔あり われを笑はしめざり へつらひを聞けば 腹立つわがこころ あまりに我を知るがかなしき <ルビ>この日頃=このひごろ。悔=くい。腹立つ=はらだつ。 (P.29) 知らぬ家たたき起して 遁…

石川啄木 著(P.26〜27)手が白く

[ゲンノショウコ] 我を愛する歌 (P.26) 手が白く 且つ大なりき 非凡なる人といはるる男に会ひしに こころよく 人を讃めてみたくなりにけり 利己の心に倦めるさびしさ <ルビ>且つ=かつ。大なりき=だいなりき。讃めて=ほめて。倦める=うめる。 (P.27) 雨…

石川啄木 著(P.24〜25)かなしきは

[アスパラインゲン] 我を愛する歌 (P.24) かなしきは 飽くなき利己の一念を 持てあましたる男にありけり 手も足も 室いつぱいに投げ出して やがて静かに起きかへるかな <ルビ>室=へや。 (P.25) 百年の長き眠りの覚めしごと 呿呻してまし 思ふことなし…

石川啄木 著(P.22〜23)何となく汽車に乗りたく思ひしのみ

[ヤグルマハッカ] 我を愛する歌 (P.22) 何となく汽車に乗りたく思ひしのみ 汽車を下りしに ゆくところなし 空家に入り 煙草のみたることありき あはれただ一人居たきばかりに <ルビ>何となく=なにとなく。空家に入り=あきやにいり。煙草=たばこ。 (P.23…

石川啄木 著(P.20〜21)何処やらに沢山の人があらそひて

[パンダねこ] 我を愛する歌 (P.20) 何処やらに沢山の人があらそひて 鬮引くごとし われも引きたし 怒る時 かならずひとつ鉢を割り 九百九十九割りて死なまし <ルビ>何処=どこ。沢山=たくさん。鬮引く=くじひく。怒る=いかる。九百九十九=くひやくくじふ…

石川啄木 著(P.18〜19)「さばかりの事に死ぬるや」

[杉の大木] 我を愛する歌 (P.18) 「さばかりの事に死ぬるや」 「さばかりの事に生くるや」 止せ止せ問答 まれにある この平なる心には 時計の鳴るもおもしろく聴く <ルビ>止せ=よせ。平なる=たひらなる。 (P.19) ふと深き怖れを覚え ぢつとして やがて…

石川啄木 著(P.16〜17)草に臥て

[ゼニゴケ 雌株(破れ傘)] 我を愛する歌 (P.16) 草に臥て おもふことなし わが額に糞して鳥は空に遊べり わが髭の 下向く癖がいきどほろし このごろ憎き男に似たれば <ルビ>臥て=ねて。額に糞して=ぬかにふんして。髭=ひげ。 (P.17) 森の奥より銃声聞…

石川啄木 著(P.14〜15)愛犬の耳斬りてみぬ

[トウモロコシの雌しべ] 我を愛する歌 (P.14) 愛犬の耳斬りてみぬ あはれこれも 物に倦みたる心にかあらむ 鏡とり 能ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ 泣き飽きし時 <ルビ>倦み=うみ。能ふ=あたふ。 (P.15) なみだなみだ 不思議なるかな それをもて洗…

石川啄木 著(P.12〜13)いと暗き

[ラッカセイ] 我を愛する歌 (P.12) いと暗き 穴に心を吸はれゆくごとく思ひて つかれて眠る こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ <ルビ>仕遂げて=しとげて。 (P.13) こみ合へる電車の隅に ちぢこまる ゆふべゆふべの我のいと…

石川啄木 著(P.10〜11)飄然と家を出でては

[チロリアンランプ] 我を愛する歌 (P.10) 飄然と家を出でては 飄然と帰りし癖よ 友はわらへど ふるさとの父の咳する度に斯く 咳の出づるや 病めばはかなし <ルビ>飄然=へうぜん。出で=いで。度に斯く=たびにかく。 (P.11) わが泣くを少女等きかば 病犬…

石川啄木 著(P.8〜9)目さまして猶起き出でぬ児の癖は

[雨のあと] 我を愛する歌 (P.8) 目さまして猶起き出でぬ児の癖は かなしき癖ぞ 母よ咎むな ひと塊の土に涎し 泣く母の肖顔つくりぬ かなしくもあるか <ルビ>猶起き出でぬ児=なほ おきいでぬ こ。ひと塊=ひとくれ。涎し=よだれし。肖顔=にがほ (P.9) 燈…

石川啄木 著(P.6〜7)砂山の裾によこたはる流木に

[つらぬきとめぬ玉] 我を愛する歌(P.6) 砂山の裾によこたはる流木に あたり見まはし 物言ひてみる いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ <ルビ>裾=すそ (P.7) しっとりと なみだを吸へる砂の玉 なみだは重きものにしあるか…

石川啄木 著(P.4〜5)大海にむかひて一人

[ガクアジサイ] 我を愛する歌(P.4) 大海にむかひて一人 七八日 泣きなむとすと家を出でにき いたく錆びしピストル出でぬ 砂山の 砂を指もて掘りてありしに <ルビ>大海=だいかい。七八日=ななやうか。出で=いで。錆びし=さびし。出で=いで。 (P.5)…

石川啄木 著(P.1〜3)「我を愛する歌」 東海の小島の磯の白砂に

[ポプラ](P.1)我を愛する歌 (P.2)(白紙) (P.3) 東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる 頬につたふ なみだのごはず 一握の砂を示しし人を忘れず <ルビ>頬=ほ

石川啄木 著(P.8〜9)巻頭辞 目次

[ヒメウツギ] 『一握の砂』石川啄木 著(P.(8))巻頭辞 目次 (P.8) 明治四十一年夏以後の作一千餘首中より 五百五十一首を抜きてこの集に収む。集 中五章,感興の来由するところ相邇きをた づねて假にわかてるのみ。「秋風のこころ よさに」は明治四十一年秋…

石川啄木 著(P.7)献辞 著者

[タニウツギ] 『一握の砂』石川啄木 著(P.(7))献辞 著者 (P.7) 函館なる郁雨宮崎大四郎君 同國の友文學士花明金田一京助君 この集を兩君に捧ぐ。予はすでに予のすべてを兩君の前に示し つくしたるものの如し。従つて兩君はここに歌はれたる歌の一 一につ…

石川啄木 著(P.4~6)

[ヘラオオバコ] 『一握の砂』石川啄木 著(P.(4)~(6)) 藪野椋十 (P.4) 腕拱みて このごろ思ふ 大いなる敵目の前に躍り出でよと 目の前の菓子皿などを かりかりと噛みてみたくなりぬ もどかしきかな 鏡とり 能ふかぎりのさまざまの顔をしてみぬ 泣き飽きし…

石川啄木 著(P.2~3)

[ミスサトミ:山法師赤花] 『一握の砂』石川啄木 著(P.2~3) 藪野椋十 (P.(2)) 非凡なる人のごとくにふるまへる 後のさびしさは 何にかたぐへむ いや斯ういふ事は俺等の半生にしこたま有つた。此のさびしさ を一生覺えずに過す人が,所謂當節の成功家ぢや…

石川啄木 著(P.1)序文

[レッドクローバー] 砂の握一著木啄川石版堂雲東 明治43年12月1日発行 石川啄木記念館 名著復刻シリーズ 平成15年2月20日発行 『一握の砂』石川啄木 著(P.1)序文 藪野椋十 (P.(1))世の中には途法も無い仁もあるものぢや,歌集の序を書けとある, 人もあら…